「味噌汁」と聞くと、皆さんはどんなイメージを抱くでしょうか?
食べ物が豊富な現代では、ごはんとセットで出てくる、どこか添え物のようなイメージがあるかもしれません。ですが、昔は「味噌汁は不老長寿の薬」と言われ、メインディッシュに並ぶ食卓のヒーローだったのです。
最近はまた、健康や美容への味噌の効能が見直され、味噌汁を飲む人も増えてきました。今回はそんな、時代や人が変わっても変わらない「味噌力」の歴史を、『1日1杯の味噌汁が体を守る』(日経プレミア新書)の著者で、江戸料理研究家の車浮代(くるま うきよ)さんに教えていただきました。
味噌はもともと「食べもの」。「飲みもの」になったのは鎌倉時代
平安時代、貴族しか食べられない高級食材だった味噌は、酒の肴やごはんのおかずとして食べられていました。味噌汁が初めて歴史に登場するのは、「一汁一菜」を良しとした鎌倉武士の食卓。

この「一汁」、スープ系全般と捉えがちですが、「もともとは味噌汁だけを指した言葉でした。お吸い物は高級料理なので、お祝いの席などでしか作ることがなかったんです」と浮代さん。それだけ味噌汁が庶民の食卓を支える大事なものだったことが窺えます。
ちなみに、当時の武士は戦の兵糧として、乾燥させた「味噌玉=味噌を具材と一緒に丸めたもの」を持ち歩いていたそう。これはいうなれば、現代の簡易味噌汁やフリーズドライの前身。浮代さんは、味噌が腐りやすい夏場は特に、ご自宅で味噌玉を造り、冷蔵庫で保存しながら毎日味噌汁を飲んでいるそうです。
科学的な実証ができない当時、味噌の栄養についてどこまで理解されていたかはわかりません。ですが、戦場に味噌玉を持ち歩いていたことからも、昔の人たちは実感として「これは体にいいものだ」「元気が出る」と感じていたことがわかります。
「体にやさしく、胃腸の働きを助ける」江戸時代の医学書に記された味噌の効能
江戸時代になると、庶民の食卓に納豆汁やしじみ汁が登場します。浮代さんいわく「味噌は体を丈夫にする。食べていれば病気をしない!」と信じられていたため、江戸っ子は毎朝味噌汁を食べるのが当たり前だったそうです。
当時の医学書『養生訓』(ようじょうくん)や『本朝食鑑』(ほんちょうしょっかん)に書かれていた味噌の効能にはこうあります。「味噌の成分は体にやさしく、胃腸の働きを助ける」「血行を助ける働きがある」。そして、書の中では「味噌は1日もなくてはならないもの」と結論づけています。

これが今の言葉でいう「機能性食品」であることを、当時の医学書は、すでに物語っているのです。
スキンケアは女性のたしなみ。むだ毛処理は男性のエチケット
スキンケア、レストラン、ロゴマーク、包装紙、広告など、暮らしを豊かにする文化が次々に生まれた江戸時代。いばらやヘチマでつくった化粧水が大流行し、美人の条件に「色白でしっとりとした肌」が加わっていきます。薄化粧が主流で、クレンジングはぬか袋に高級なうぐいすのフンを混ぜるなどして、とにかくお肌を磨きあげていたそう。
「むだ毛処理を始めたのも徳川家光の時代で、遊女は線香で焼き切ったり、仲間同士で抜いたりしていました。男性も湯屋に行くたび、むだ毛処理することがエチケットだったんですよ」と浮代さん。『本朝食鑑』の中にある「味噌は髪を黒くし、肌を潤す」と書かれた一文からも、江戸時代の女性がいかにもち肌をめざしていたかが見えるようです。
生きるためではなく、楽しむために食べる食事。隣近所と美しさを競い、スキンケアに一生懸命だった女性たち。気っ風(きっぷ)と人情にあふれていた江戸の町。歴史を知れば知るほど、その活気を生み出した人々の健康に、味噌汁をはじめとした和食の栄養が無関係だったとはとても思えません。
ニコチンの分解にも役立つ!赤味噌の力
江戸時代の遊女などがよくふかしていた喫煙道具・キセル。使うたびに手入れが必要な道具でしたが、それを掃除する洗剤として使っていたのが「赤味噌」でした。これは、赤味噌にニコチンを分解する力があるため。今でもタバコ業界では周知の事実で、新作の試飲会では、タバコと一緒に赤だしが出てくるというのだから驚きです。
更に、一吸いするごとに赤味噌をなめると、毎回一服目のおいしさが味わえるという裏技もあるそう。喫煙後に赤だしを飲むのも口の中がリフレッシュされて、不快感から解放されるそうですよ。
病気の予防にも効く「味噌力」を伝えていくのが自分の使命
味噌汁を飲む生活になってから、アレルギーの改善など体に嬉しい変化があったという浮代さん。味噌について勉強を続けて行くうちに、「味噌は高血圧やがん予防に効く」「味噌は放射線からの予防効果が期待できるが、浴びてからでは遅い。日ごろから味噌汁を飲む習慣をつけておかなければならない」と、次々に驚くべき効能を知ったと言います。

「今年のはじめに、日本経済新聞出版社から発売していただいた『1日1杯の味噌汁が体を守る』は、その情報を伝えたくて出版しました。子どもたちの未来を守るためにも、みなさんに味噌養生(味噌を摂取して病気の予防をすること)の大切さを知っていてほしいです」
これだけ発達した科学においても、すべての栄養素を解明するにはまだ時間がかかると言われる味噌。先人の知恵の中に隠された、その計り知れないパワーは、巡り巡って未来の人々を救うのかもしれません。
お話をうかがった人

車 浮代(くるま うきよ)
時代小説家/江戸料理・文化研究家。大阪出身。セイコーエプソン㈱でグラフィックデザイナーとして勤務後、映画監督・新藤兼人氏に師事し、シナリオを学ぶ。TBS「所さんのニッポンの出番」を始め、TV・ラジオでも活躍中。著書に「江戸おかず12ヵ月のレシピ」(講談社)、「江戸の食卓に学ぶ」(ワニブックスPLUS新書)ほか多数。公式サイトはこちら。
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牧野絵美
音楽、芸術、書道と幼いころから“創る物”に没頭してきたインドア派。和の心をこよなく愛し、海外在住中も着物と書道具を肌身離さず持ち歩いた。 就職とともに仕事の楽しさに目覚めるも、サービス業の鬼になってやろうと上ばかり見て躓くこと数えきれず。縁あって小説を出版し、創ること、生み出すことに満たされる自分を再確認した。美しさと健康の原点は、生きたい自分を生きることと信じ、鋭意執筆中。
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