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【連載】四季のたしなみ、暮らしの知恵(五)秋を知らせる彼岸花の意外な秘密
2015.09. 5
「ほんと暑いですねぇ」と、毎日のように交わしていた挨拶も聞かれなくなり、夕暮れも早く訪れるようになりました。真夏の蝉時雨から、いつのまにかコオロギが鳴くようになって、季節の移り変わりを感じさせます。
みなさんにとって、秋の気配をそれとなく視覚的に知らせるものは何ですか? 秋の訪れを認識させるものに、墓地や道端に、お彼岸の時季にピタッと合わせて咲く赤い花「彼岸花(ヒガンバナ)」が群れ咲くようすも、その代表格ではないでしょうか。

彼岸花の別名は“曼珠沙華”。サンスクリット語で、天界に咲く花と呼ばれます。折しも、お彼岸時季になるといきなり揃って、にょきっと出で、ほかにはない真っ赤で妖艶な雰囲気ともに、墓地などにもよく群落して咲くため、なんとなく不気味な印象を持たれる方も多いとは思います。
けれど、よくよく観察すると人間の暮らしの近くにある花なのです。その理由を考えてみましょう。
ユニークな一生を送る彼岸花。人間だと逆転生活?
ふつう、植物は芽出しから茎を伸ばし、葉を繁らせて花を付け、実を結んで枯れるという生活サイクルですよね。彼岸花は9月になると、いきなりつぼみをもった芽を出し、一気に咲いて、いつのまにか地上部が姿をくらまして無くなっていきます。
そのうち晩秋になると、思い出したように葉っぱだけが出て、冬に青々と繁り、光合成で栄養を蓄えて、初夏前になるといつのまにか再び消えてしまう。そんな生活サイクルの繰り返しなのです。では、どうやってあんなに殖えているのでしょうか?

鶴岡八幡宮 東南塀沿いの群生
日本にある彼岸花は、種を付けません。実は日本に生える彼岸花は“クローン植物”なのです。すべて分球といって、球根部分が驚くほど多く殖えていき、あっという間に群生となります。そのため、同じような時季に咲きはじめる、すべて同じクローン植物なのです。
日本人が原風景として思い描くであろう秋の景色――天高く青い空の下、黄金色に稲穂が実り、赤とんぼが舞い、田んぼのあぜ道には、赤い彼岸花が群れ咲く――そういうイメージからすると意外かもしれませんが、彼岸花は野山に自生している植物ではなく、かつて中国(長江下流域)から、日本へと持ち込まれた植物なのです。そういうルーツを持ったものを“史前帰化植物”と言います。つまり、里山を彩る草々や人里の周囲に生える多くの植物が、ある意図をもって大陸から人間と共に渡ってきたという歴史があるのです。
史前帰化植物を提唱された前川文夫先生によれば、中国から輸入された陶磁器のパッキングのための詰め物として、彼岸花の葉っぱ付きの球根が国内へと持ち込まれたのも、彼岸花がより殖えた原因のひとつではないかとも言われています。

華やかな外観とは裏腹に、なんとなく暗く、不吉な雰囲気をまとう彼岸花。しかし、そこには意外と人間臭い、ひとと植物との深い付き合いの歴史があるようです。
彼岸花がどことなく不吉なイメージを連想される理由
では、彼岸花の何が人間にとって価値があるとされたのでしょうか?
彼岸花の球根には、リコリンという猛毒物質が含まれています。そのため、ネズミやモグラに農地を掘り返される心配がありません。彼岸花から墓地が連想されるのは、かつて土葬された墓地で害獣によって掘り起こされぬよう、駆除のために彼岸花が植えられていたためなのです。

鎌倉 海蔵寺の石像と彼岸花
それからというもの、彼岸花の抑制作用「アレロパシー作用」を利用して、現在でも引き続き水田畦畔の雑草抑制にも活用されています。ヨモギやタンポポなど群生しがちな植物たちは、ほかの植物たちが入り込めないように、なんらかの抑制物質を出して陣地を守っているとされ、アレロパシー植物と呼ばれます。
また、彼岸花は球根に毒を持つ半面、デンプン質も多く含み、江戸時代から飢饉の際には、毒抜きしてまで、そのデンプンを利用した代用食として人々を助けた史実もあります。田んぼの畦地に植えられているのは、そうした特性をも兼ね備えた救荒作物として活躍した一面も持っているのです。
最近は、赤だけでなくクリーム色、黄色やピンク色した彼岸花もあるように思えます。見かけ上は似ていても、現在はその多くが園芸種として育種され栽培されているもので、別の近縁種になります。そのあたりも、覚えておくといいかもしれません。

鎌倉の英勝寺にて
ちなみに……鎌倉には、季節ごとに花がきれいに咲く寺社が、たくさん存在しています。鎌倉~北鎌倉周辺には、彼岸花の群れ咲く情景がピッタリな場所があります。
鶴岡八幡宮・段葛参道及び東南の塀沿い、さらに宝戒寺、海蔵寺、浄光明寺、英勝寺、東慶寺などが名所です。ただし、苑内では拝観料がかかる場合もございますので、ご注意を。
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桃猫
東京生まれ。茶人として各地に赴き、日々、中国茶の茶話会を開催。とうきょうの街歩きをフィールドワークとして銭湯、寺社、名跡などを探索するうちに、グルメや趣味の数々をつづったブログ=桃猫温泉三昧を継続し、今年10周年を迎えた。その趣味は多岐に渉り、銭湯と温泉巡りで960湯達成、鉱物マニア、古書蒐集、無類の麺喰いでもある。スピリチュアルな方面にも詳しい。
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