大人すはだ大人がすはだで暮らす時間

TOP » NYの森からきれいに私生活 » 第49回 手づくりで心を耕す

NYの森からきれいに私生活

第49回 手づくりで心を耕す

2016.08. 7

ガーデニング, シンプル, ライフスタイル, 小手鞠るい, 手づくりパン

手先も器用じゃないし、アートのセンスなどまったくない私。手づくりの品について、あれこれ言えるような資格はないのですが、日常生活の中でひとつだけ、お店ではなるべく買わないで、手づくりしているものがあります。
 
それは、パンです。
s_49-1DSC_0057.jpg
最近のヒット作は「ナッツとドライフルーツたっぷりのカントリーブレッド」(命名は私)。
 
生地は、フランスパンのレシピをもとにして、自分流にアレンジしたもの。全粒粉にフラックスシードの粉、砂糖、塩、オリーブオイル、ドライイーストを加えて混ぜ合わせます。この粉に、アーモンド、カシューナッツ、くるみ、ピスタチオ、ヘーゼルナッツを適当に加え、さらに、ブルーベリー、クランベリー、レーズン、チェリー(すべてドライです)を適当に加えます。ポイントは「適当」というところ。「ずぼら」とも言い替えることができるでしょうか。私の性格にぴったり合ったつくり方になっています。
 
これに、人肌くらいの温かさのお湯を加えて、やはり適当にこねたあと、ぴっちり蓋をして、2時間から3時間くらい寝かせます。寝かせる時間も特に計ったりしないで、適当に。でも、ちゃんと膨らんでくれます。パンって、律儀なのですね。
 
膨らんで、もとの2倍くらいになっている生地を、カウンターの上に敷いた全粒粉の上で転がしたあと、おにぎり1個くらいの分量を目安にして、手のひらでちぎって、丸めます(適当に!)。あとは、天皿の上に並べて、オーブンで焼くだけ。
 
30分から40分後「ああ、いい匂いがする」-----
s_49-2DSC_0027.jpg
焼きたてパンのできあがりです。焼きあがったパンはいつも、私の想像を超えたもの、いい意味で予想を裏切ったものになっていることが多い。なんでも適当にやっているから、同じ味や形のパンにはならない。これも手づくりの楽しさではないでしょうか。
 
このパンに、自家製のミックスジュース(ざくろをベースにして、人参、セロリ、季節のフルーツ3種類程度をジューサーにかけたもの)を添えれば、これだけで栄養満点、ビタミンと食物繊維たっぷりのランチにもなります。
 
手づくりパンが気に入っている理由は、健康食志向だから、だけではありません。粉を混ぜたり、生地をこねたり、ちぎって丸めたりしていると、いつのまにか、心が落ち着いてきていることに気づきます。もやもやとか、いらいらとかが消えて、気持ちは凪いだ湖の面のようになっている。手づくりの良さは、まさに、ここにあるように思えます。パンをつくりながら、私は雑念を混ぜ合わせ、心の生地をこね、発酵させ、焼いているのかもしれません。
 
これって、何かに似ているな、何に似ているのだろう、と、考えてみたところ、思い当たりました。
 
パンづくりと並んで私の好きなこと、ガーデニングです。
 
ガーデニングも「手づくり」の一種ですね。労力と時間がかかります。でも案外、適当にやることができる。相手は土と植物と天候ですから、神経質になったって、思い通りにはいかない。適当に土を耕して、適当に植えて、適当に水をやる。すると、期待していた以上に素敵な花が咲いてくれるのです。
s_49-3DSC_0007_2.jpg
今年はベランダで、マリゴールド、ペチュニア、ゼラニウム、アゲラタム、そして、オールドローズの木を育てています。ほかには、毎年恒例のハーブ類、タイムとタラゴンとイタリアンパセリ。適当に育てているのに、みんなとっても元気です。
 
パンづくりも、ガーデニングもそうですが、簡単で速くできあがるものよりも、手間と時間のかかるものが、私は好きなようです。つくりながら、心を膨らませたり、心を耕したりできる。そういう時間が好きなんだと思います。
 
たとえば登山とランニング。どちらもそんなに簡単にはできないし、長い時間がかかる。小説を書く。これはもう、まったく簡単なことではないし、速く書くなんて、到底できない。一冊の本ができあがるまでには何年もかかるし、日々の執筆ときたら、亀のようにのろのろ、かたつむりのように少しずつ、進んでいくしかない。
 
しかし、だからこそ、頂上に到達できたり、長い距離を走り終えたり、難しい原稿を書き上げたりできたときの喜びは、大きいのです。日々の暮らしの中に、手づくりの「大きな喜びと小さな喜び」をたくさん取り入れることで、生活も心も潤ってきます。
 
今の世の中、なんでも「便利で簡単でスピーディ」を良しとする傾向が強いけれど、私は「不便で、ちっとも簡単じゃなくて、時間のかかること」を大いに礼賛したい。簡単で便利で速く届くメールもいいけれど、1週間から10日もかかって、日本から届いた手書きの手紙のなんと嬉しいこと!
s_49-4-22.jpg
手書きの手紙をいただいたら、私も必ず、手書きのお返事をお送りしています。便箋に向かって、辞書を引きながら、手紙を書く。想像以上に時間がかかります。手づくりの手紙ですね。でも、書き上げたあとには、心が不思議に落ち着いて、あたたかい気持ちで満たされているのです。
 
いかにして物を捨てるか、いかにして片づけるか、などについて書かれた本の広告を目にするたびに「それって、本末転倒じゃないの?」と首をかしげてしまいます。いかにして捨てるか、ではなくて、いかにして「あとで捨てたくなるようなものを買わないか」が大切なのではないか、と。捨てる方法なんて、学ぶ必要はありません。捨てたかったら、後悔しながら捨てればいいだけです(後悔することが大切)。
 
すっきりしたライフスタイルを確立する方法のひとつとして、「買わないで、手づくりすること」をおすすめしたいと思います。何もかも手づくりにしなくてもいい。私みたいに無精な人間でも、パンと庭だけは手づくりする、という小さなこだわりを持つだけで、生活はずいぶんシンプルに、人生はちょっぴり豊かになるはずです。
s_49-5-38.jpg
小手鞠るい(こでまり るい)

小手鞠るい(こでまり るい)

1956年生まれ。小説家。1981年、やなせたかしが編集長をつとめる雑誌「詩とメルヘン」の年間賞を受賞し、詩人としてデビュー。1993年、『おとぎ話』で第12回海燕新人文学賞受賞。1995年、受賞作を含む作品集『玉手箱』を出版。2005年、『欲しいのは、あなただけ』で第12回島清恋愛文学賞を受賞。2009年、原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』でボローニャ国際児童図書賞。主な著書に『空と海のであう場所』『望月青果店』『九死一生』『美しい心臓』『アップルソング』『テルアビブの犬』『優しいライオン---やなせたかし先生からの贈り物』『私の何をあなたは憶えているの』など多数。
仕事部屋からのつぶやきは→https://twitter.com/kodemarirui

小手鞠るいの記事一覧

  • 第60回 生きることは、愛すること-------『いつかの夏』を読んで

    NYの森からきれいに私生活

    第60回 生きることは、愛すること-------『いつかの夏』を読んで

    2017.01.21

  • 第59回 シンプルに暮らすということ(その3)素顔で生きる

    すはだ

    第59回 シンプルに暮らすということ(その3)素顔で生きる

    2017.01. 9

  • 第58回 シンプルに暮らすということ(その2)ごみなのか、文化なのか

    NYの森からきれいに私生活

    第58回 シンプルに暮らすということ(その2)ごみなのか、文化なのか

    2016.12.18

  • 第57回 シンプルに暮らすということ(その1)多過ぎる選択肢

    NYの森からきれいに私生活

    第57回 シンプルに暮らすということ(その1)多過ぎる選択肢

    2016.12. 4

  • 第56回 ツイッターから始まるラブ・ストーリー

    NYの森からきれいに私生活

    第56回 ツイッターから始まるラブ・ストーリー

    2016.11.19

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

おすすめ記事

  • 第60回 生きることは、愛すること-------『いつかの夏』を読んで

    NYの森からきれいに私生活

    第60回 生きることは、愛すること-------『いつかの夏』を読んで

    2017.01.21

  • 第59回 シンプルに暮らすということ(その3)素顔で生きる

    すはだ

    第59回 シンプルに暮らすということ(その3)素顔で生きる

    2017.01. 9

  • 第58回 シンプルに暮らすということ(その2)ごみなのか、文化なのか

    NYの森からきれいに私生活

    第58回 シンプルに暮らすということ(その2)ごみなのか、文化なのか

    2016.12.18

  • 第57回 シンプルに暮らすということ(その1)多過ぎる選択肢

    NYの森からきれいに私生活

    第57回 シンプルに暮らすということ(その1)多過ぎる選択肢

    2016.12. 4

編集部ピックアップ

  • 【連載】目をそらしていた自分と向き合う第一歩|○○系からの成仏(最終回)

    コラム

    【連載】目をそらしていた自分と向き合う第一歩|○○系からの成仏(最終回)

  • 【連載】

    ピックアップ記事

    【連載】"わたし"の時間、"母"の時間|母さんと呼ばないで(3)

  • 【連載】まちのみそ屋の女将さんへの道|発酵とすはだのおいしい関係(20)

    ピックアップ記事

    【連載】まちのみそ屋の女将さんへの道|発酵とすはだのおいしい関係(20)

「大人すはだ」限定のコラム連載中

  • からだを慈しむ、薬草の旅
  • 四季のたしなみ、暮らしの知恵
  • 発酵兄妹・妹の 発酵とすはだのおいしい関係
  • すこやかに生きること
  • おかわりおやつ
  • 酸いも甘いも家族の内
  • 中島デコのうみ•そら•みどりを召し上がれ!
  • 小手鞠るいのNYの森からきれいに私生活
  • あきゅらいず美養品
pagetop