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NYの森からきれいに私生活

第42回 私の中に棲んでいる永遠の「子ども」

2016.04.16

やなせたかし, 優しいライオン, 児童書, 小手鞠るい,

昨年の10月に上梓した『優しいライオン-----やなせたかし先生からの贈り物』(講談社)が「シニア層を中心にして、静かに売れつづけています」という嬉しいご報告を、担当編集者からいただいた。
 
この作品は、エッセイ集の形をしているけれど、やなせ先生のお人柄や業績を紹介しながら、先生の足跡をたどっている「評伝」とも言えるし、先生との45年間の交流を通して、私自身の歩んできた道のりも見えてくるように書いているので、たとえば小説家志望の方々にとっては「職業ガイド」として、参考になるかもしれない。また、先生の詩をふんだんに取り入れながら書いたので、まるで「美しい物語」のようにも読める。手前味噌ながら、他に類を見ないユニークな作品に仕上がっているのではないかと思う。
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そのせいか、書店では、実にさまざまな場所に置かれているようだ。女性作家コーナー、エッセイのコーナー、詩集のコーナー、児童書のコーナー(ここまでは、予想していた通りだった)、そして、意外だったのがシニア向け書籍のコーナーである。
 
そうか、最近の書店には「シニア向けコーナー」まであるのか、と、感心しながら「シニア」の定義を調べてみたところ、50歳以上、還暦を越えた高齢者、定年退職後の世代など、さまざまな記述がある。これといった基準は、あって、ないようなものなのかもしれない。そういえば、読者カードを送ってきて下さった方々の中にも、シニア層は多かった。もちろん私も、紛れもないシニアだ。
 
アンパンマンにとどまらないやなせ先生の魅力は、年齢を重ね、人生経験を積んできた人だからこそ、理解できるし、共感できる、ということなのだろう。
 
やなせ先生は、アンパンマン以外にも、数多くの絵本、童話、詩集、詩画集、書画集、エッセイ集などを出されている。亡くなる直前まで現役作家として、旺盛に仕事をされていた。アンパンマンの成功は、70歳を過ぎてからである。
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 先生の生涯をたどりながら、『優しいライオン』を書いているときに、ひとつ、気づいたことがある。
 
先生の残して下さった文章を読み、示唆に富んだ言葉のかずかずに触れながら、私はこのように思っていた。子ども向けの作品、いわゆる児童書は、シニア作家だからこそ書けるのだし、書かなくてはならないのではないか。もしかしたら先生も、晩年はそのような使命感に駆られて、書かれていたのではないか、と。
 
20代から30代にかけて、つまり若かりし頃の私は、詩を書くかたわら、絵本のお話や、童話や、子ども向けのアニメの原作なども手がけていたが、いつも自分の仕事に対して、満足も納得もできず、自信も持てていなかった。何を書いても、地に足がついていないというか、足もとがすうすうしているというか、要は、私の作品の密度は薄いと感じていた。
 
だから、渡米後、小説家として再スタートを切ったときには「もう、児童書は書かない」と心に決めていたし、事実、10年以上の長きにわたって、書かなかった。「私には書けない」とも思っていたし、「児童書を書く仕事は、大人向けの小説を書くのよりも何倍も難しい」とも思っていた。
 
そんな私が、もう一度、児童書を「書いてみよう」と思ったのは2006年、50歳のときだった。児童書を出している出版社からいただいた依頼-----『エンキョリレンアイ』に似たような作品を-----に対して、「似たような作品は書けないけれど、よかったら、児童書を書かせていただけませんか?」と私は応えた。シニアの仲間入りをした年に、今なら、そして、これからなら書ける、と見極めることができたのだった。s_42-3.JPG
子どもという読者は、作家の名前や知名度によって、本を選ばない。有名な人が書いていようと、無名の人の作品であろうと、子どもにはまったく関係がない。子どもは、大人よりもはるかに手強い読者なのである。子どもだましは、一部の大人には通用しても、子どもには通用しない。大人が認めなかったアンパンマンを、最初に認めたのが幼児だったという事実が、そのことを雄弁に物語っている。
 
だから、人生経験が浅く、知識も知恵も乏しく、歴史も世間も人間も知らなかった若輩者の私には、児童書が書けなかったのだと思う。
 
しかしながら、年齢と人生経験を重ねさえすれば、書けるようになるのかというと、これもまた大きな間違いである。
 
では、どういう人なら書けるのか。
 
大人になっても、子どもの心を忘れていない人。これでもまだ足りない。忘れていない、だけでは駄目なのだ。
 
子どもが読んで喜び、感動し、胸をふるわせるような児童書は「子ども」にしか、書けない。言いかえると、子ども時代からまったく成長していない、ひとりの子どもを、自身の心の小部屋に棲まわせている大人にしか、書けない。やなせ先生はそのような「子ども」と共に、生きてこられた人だった。
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私の体内にも一匹、子どもが棲んでいる。この子どもは、猫にそっくりだ。自由で気ままで気まぐれで、毎日、好き勝手に生きている。好きな人にはとことん尽くすし、限りなく優しくできるが、嫌いな人には氷のように冷たく、意地悪く、時にはするどい爪で攻撃をしかけたりもする。シニアだというのに、まったく大人げない、大人の言うことなどまったく聞かない、わがままな子どもである。
 
成長することだけが成長なのではない、と、このごろの私はよくそう思う。成長や進歩だけが、りっぱなことなのではない。成長しないこと、進歩しないことも、実はとても大切なことなのだ。いかに成長しないか、子どものころからちっとも変わらない心を、いかにして保ちつづけていくか。これは、豊かで楽しいシニアライフを送るための、重要な鍵なのではないかと思っている。
 
死ぬまで可愛い子猫の性格を持ちつづけている猫のような、子ども。この子どもが元気でいる限り、私には、児童書が書ける。 
小手鞠るい(こでまり るい)

小手鞠るい(こでまり るい)

1956年生まれ。小説家。1981年、やなせたかしが編集長をつとめる雑誌「詩とメルヘン」の年間賞を受賞し、詩人としてデビュー。1993年、『おとぎ話』で第12回海燕新人文学賞受賞。1995年、受賞作を含む作品集『玉手箱』を出版。2005年、『欲しいのは、あなただけ』で第12回島清恋愛文学賞を受賞。2009年、原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』でボローニャ国際児童図書賞。主な著書に『空と海のであう場所』『望月青果店』『九死一生』『美しい心臓』『アップルソング』『テルアビブの犬』『優しいライオン---やなせたかし先生からの贈り物』『私の何をあなたは憶えているの』など多数。
仕事部屋からのつぶやきは→https://twitter.com/kodemarirui

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