大人すはだ大人がすはだで暮らす時間

TOP » NYの森からきれいに私生活 » 第40回 「普通の人」って、どんな人ですか?

NYの森からきれいに私生活ひと

第40回 「普通の人」って、どんな人ですか?

2016.03.18

いじめ, 健常者, 児童書, 小手鞠るい, 差別意識, 障害者

つい最近、こんなできごとに遭遇した。幼い子ども向けに、シリーズで童話の本を書く仕事の依頼をいただき、担当編集者とメールで打ち合わせを重ねていたときのこと。
 
私は、この物語の主人公を、体の不自由な少年か少女にしたいと思っていたので、その前提で世界観を創り上げ、あらすじを書いて、編集者に送った。そうしたところ、彼からこんな返事が届いた。
 
「世界観もあらすじもたいへん素晴らしいです。しかしひとつだけお願いがあります。主人公の少年か少女を『普通の人』に設定していただけませんか?」
 
「普通の人? ということは、車椅子で生活している少年か少女、つまり、体の不自由な子どもたちは、普通の人ではないわけですか?」
s_40-1-1.jpg
そう訊き返した私に、返ってきた答えはこうだった。
 
「小手鞠さんのおっしゃりたいことはわかります。わかりますが、とりあえず、第一回だけは、身体障害者ではなくて、健常者を主人公にしていただきたいのです。シリーズ化されたときには、どこかの回で、身体障害者を出してくださってかまいません。しかし初回では、どんな子どもたちでも共感できるよう、できるだけ普通で、できるだけ一般的な子どもを登場させていただけたら幸いです」
 
この人は、私の言いたいことをまったくわかっていない、と、思った。
 
私が体の不自由な子どもを主人公にして物語を書きたいと思った理由は、車椅子で生活している子どもたちにも、そうではない子どもたちと同じように、「普通の生活」というものがある、と思っているから。身体障害者=特別な存在として、特別な生活、特別な世界を描きたいからではないのである(以下、便宜上、健常者と障害者という言葉を使わせていただきます)。
 
かねてから私は、なぜ、童話や小説などの中では、いつも健常者だけが描かれているのだろうと、疑問を抱きつづけてきた。恋愛するのも健常者。結婚するのも健常者。不倫をするのも健常者。犯罪者も警察も健常者。世の中には、健常者の物語が多すぎる。身体障害者や知的障害者が出てくるとすれば、それは「障害を乗り越えて、こんなに活躍しています」という勇気と感動の物語ばかり。あるいは、お涙頂戴の同情物語。
s_40-2.jpg
私の母は視覚障害者なのだが、彼女にも「普通の生活」というものがある。見えない分、口が悪く、娘を傷つけるようなことも平気で言うので、親子喧嘩も絶えない。言ってしまえば、どこにでもいる「普通の母親」なのである。もちろん、目が見えないので、日々、不便で不自由なこともあるし、差別や偏見にも晒されている。けれども、彼女の生活や人生は、障害だけで決定づけられるものではないし、毎日「感動の物語」ばかりを生きているわけでは決してなく、退屈で平凡な日常も、彼女にはある。娘として、共感も同情も理解もできない点も多々ある。
 
ひと昔前、アメリカの映画業界で「アメリカ人=白人」という描き方を意識的に退けて、ごく普通のアメリカ人として、アフリカ系、アジア系、メキシコ系などさまざまな人種、そして、ゲイやレズビアンを登場させるべきだ、という動きが巻き起こったことがある。その後、長い年月を経て、今ではそういう描かれ方が定着してきている。
 
これと同じような考え方を、健常者と障害者にも広げていけたらいいのに、と、私は願っている。健常者と障害者の両方が、ごく普通に登場する映画、小説、物語などがどんどん増えていけばいいのに。そうすれば、障害者に対する特別意識がうすまっていき、みんな「普通の人」なんだという意識が浸透していき、差別や偏見もしだいにうすまっていく、このような流れが可能になるのではないか、と。
 
その第一歩として、物書きのはしくれである私にできることとして、「童話の主人公を車椅子の子どもに」という提案をした。まだ差別意識も偏見も持っていない幼い子どもたちに「この世界には、きみと同じように、車椅子の子もこうして生きていて、みんな普通に泣いたり笑ったりして暮らしているんだよ」と、感じてもらえるような作品を、私は世に送り出したいと思っていた。今も思っている。
s_40-3.jpg
しかしながら、私はこの編集者の「普通の人」という壁を、どうしても突き崩すことができなかった。話し合いを重ねれば重ねるほど、彼と私のあいだの溝は広がるばかりで、まるで、別の言語で会話をしているような錯覚に陥ってしまった。私は主張を引っ込めた。不毛な議論をつづけるよりも、まず作品を書いて、シリーズ化させて、それから障害者を出そうと心に決めた。妥協したわけである。どんな仕事でもそうだと思うが、時には妥協も必要だ。より大きな出口を目指していくためには、小さな関門をひとつひとつ、クリアーしていかなくては。
 
差別意識というのは、一筋縄ではいかないものである。たとえば、アジア人である私は、アメリカで暮らすようになってから初めて、差別される、という経験をした。わかりやすく説明するために、あえて極端な書き方をしてしまうが、裕福な白人、大学関係者、いわゆるインテリ層などから差別されることは滅多にないのに、肉体労働者、下層階級の人たち、同じマイノリティの人たちからは、あからさまな差別をされることが多い。これがどういうことを意味しているのか、気づくまでには時間がかかった。
 
要は「差別意識を隠せるかどうか」。上級階級の人はうまく隠せているけれど、下層階級の人は隠せていない、というわけである。どちらがいいとか、悪いとか、そういうレベルの問題ではなくて、差別とはそのように厄介なものなのだと私は思っている。なぜなら差別意識とは、人間の持っている、本質的な悪と深く関係しているものだから。
 
だからこそ、先にも書いた通り、純粋な心を持っていて、まだ社会や大人たちの偏見に汚されていない子どもたちにこそ、障害者を「普通の人」として受け入れ、早い段階から理解してもらいたいと願っている。このことは、いじめの根絶にもつながっていくはずだ。差別意識が表面化し、突出しているのが「いじめ」なのだから。 
s_40-4.jpg
アメリカという国にはいいところもいろいろあって、私はそのひとつとして、「障害者の姿をよく見かける」ということを挙げたい。デパートやスーパーマーケットや薬局などで働いている障害者も多いし、お祭りやパーティ会場などでも障害者の人を見かけることが多い。この「よく見かける」ということも、非常に重要だと思う。外に出ていったら、ごく普通に障害者がそこにいる、それがごく普通の光景……というふうになるのが、理想の社会ではないだろうか。
 
差別やいじめは、社会と個人の両方から、突きくずしていかなくてはならない。制度や法律をととのえること、同時に、個人個人の心に「差別はいけない、いじめは暴力であり、暴力は犯罪」と直接、訴えかけること、そうしてさらに、個人個人が、その人にとって可能な範囲で、簡単にできる「行動を起こす」ことが重要なのではないかと思っている。
 
 
(写真 グレン・サリバン) 

小手鞠るい(こでまり るい)

小手鞠るい(こでまり るい)

1956年生まれ。小説家。1981年、やなせたかしが編集長をつとめる雑誌「詩とメルヘン」の年間賞を受賞し、詩人としてデビュー。1993年、『おとぎ話』で第12回海燕新人文学賞受賞。1995年、受賞作を含む作品集『玉手箱』を出版。2005年、『欲しいのは、あなただけ』で第12回島清恋愛文学賞を受賞。2009年、原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』でボローニャ国際児童図書賞。主な著書に『空と海のであう場所』『望月青果店』『九死一生』『美しい心臓』『アップルソング』『テルアビブの犬』『優しいライオン---やなせたかし先生からの贈り物』『私の何をあなたは憶えているの』など多数。
仕事部屋からのつぶやきは→https://twitter.com/kodemarirui

小手鞠るいの記事一覧

  • 第60回 生きることは、愛すること-------『いつかの夏』を読んで

    NYの森からきれいに私生活

    第60回 生きることは、愛すること-------『いつかの夏』を読んで

    2017.01.21

  • 第59回 シンプルに暮らすということ(その3)素顔で生きる

    すはだ

    第59回 シンプルに暮らすということ(その3)素顔で生きる

    2017.01. 9

  • 第58回 シンプルに暮らすということ(その2)ごみなのか、文化なのか

    NYの森からきれいに私生活

    第58回 シンプルに暮らすということ(その2)ごみなのか、文化なのか

    2016.12.18

  • 第57回 シンプルに暮らすということ(その1)多過ぎる選択肢

    NYの森からきれいに私生活

    第57回 シンプルに暮らすということ(その1)多過ぎる選択肢

    2016.12. 4

  • 第56回 ツイッターから始まるラブ・ストーリー

    NYの森からきれいに私生活

    第56回 ツイッターから始まるラブ・ストーリー

    2016.11.19

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

おすすめ記事

  • 第60回 生きることは、愛すること-------『いつかの夏』を読んで

    NYの森からきれいに私生活

    第60回 生きることは、愛すること-------『いつかの夏』を読んで

    2017.01.21

  • 第59回 シンプルに暮らすということ(その3)素顔で生きる

    すはだ

    第59回 シンプルに暮らすということ(その3)素顔で生きる

    2017.01. 9

  • 第58回 シンプルに暮らすということ(その2)ごみなのか、文化なのか

    NYの森からきれいに私生活

    第58回 シンプルに暮らすということ(その2)ごみなのか、文化なのか

    2016.12.18

  • 第57回 シンプルに暮らすということ(その1)多過ぎる選択肢

    NYの森からきれいに私生活

    第57回 シンプルに暮らすということ(その1)多過ぎる選択肢

    2016.12. 4

編集部ピックアップ

  • 【連載】目をそらしていた自分と向き合う第一歩|○○系からの成仏(最終回)

    コラム

    【連載】目をそらしていた自分と向き合う第一歩|○○系からの成仏(最終回)

  • 【連載】

    ピックアップ記事

    【連載】"わたし"の時間、"母"の時間|母さんと呼ばないで(3)

  • 【連載】まちのみそ屋の女将さんへの道|発酵とすはだのおいしい関係(20)

    ピックアップ記事

    【連載】まちのみそ屋の女将さんへの道|発酵とすはだのおいしい関係(20)

「大人すはだ」限定のコラム連載中

  • からだを慈しむ、薬草の旅
  • 四季のたしなみ、暮らしの知恵
  • 発酵兄妹・妹の 発酵とすはだのおいしい関係
  • すこやかに生きること
  • おかわりおやつ
  • 酸いも甘いも家族の内
  • 中島デコのうみ•そら•みどりを召し上がれ!
  • 小手鞠るいのNYの森からきれいに私生活
  • あきゅらいず美養品
pagetop