
幼稚園の先生に「お父さんの名前は?」と聞かれて、名前ではなく意気揚々と「五味醤油!」と答えていた、私の幼少時代。大人になったら、誰しもが、◯◯屋さんになるものだと思い込んでいました。
その頃は、八百屋さん、お肉屋さん、お魚屋さんに歩いて買い物に行っていました。お肉屋さんでは、店員のおばちゃんから貰える飴玉が嬉しくて、いつもレジに身を乗り出していた記憶があります。

ウッキーってしているのが私
これは、今から20年以上前のこと。
今では八百屋さんとお魚屋さんは店を閉め、お肉屋さんも小売業は辞めてしまい、街の風景はガラッと変わってしまいました。私たちも、買い物をする時は郊外にできたスーパーへ車で行くようになりました。
「みそ屋の洋子ちゃん」として育った子ども時代
私の実家は、みそ工場、直売店、事務所、祖父母宅、住居が全て同じ敷地内にありました。
家族や、工場の人、業者さんがいつも行き来している賑やかすぎる環境でした。平日は店舗が営業しているので、いつも私が帰る時には誰かがいました。

中央の紺色の浴衣が私です
そして、家の外では「みそ屋の末娘の洋子ちゃん」と、話しかけてくれる人が大勢いました。いつも私のことを知っている誰かが傍にいて、近所の人も親戚のような感覚でした。
ですから思春期になると、そんな距離感がうっとうしく感じることもあり、誰もいない静かな家や、知り合いのあまりいない街に憧れを抱くようになりました。
八百屋さんが教えてくれたこと
高校卒業後は、大学進学のために地元を離れて上京し、一人暮らしを始めました。
下宿の近くには、便利で安いスーパーもありましたが、昔ながらの商店街もありました。八百屋さんの主人は、買った野菜の保存方法や調理法を丁寧に教えてくれました。そのちょっと“面倒くさい”人情味のあるやりとりが楽しくて、自然と八百屋さんに通うようになりました。
そして、ふと、実家のみそ屋が、昔ながらの街の風景の一部であったことを思い出したのです。

東京から地元の甲府へ。街のみそ屋さんに
大人になったら、◯◯屋さんになると思っていましたが、まさか自分がみそ屋になるとは思いもしませんでした。
東京での会社勤めを辞め、実家に帰ることに断固たる決意などはなく、今思えば、いろいろなタイミングがぴたりと合ったのだと思います。社会人5年目となり、自分の将来を考えたときにこのままなんとなく東京で暮らしているイメージはなく、もっと地に足をついて根を張って生きたいと、漠然と思っていました。
そんな時に、家業を継いだ兄から「手が足りないから、実家の仕事を手伝ってほしい」と連絡がきました。まさか、私に誘いが来るとも思わず驚きもありましたが、その半年後には実家に帰っていました。
「よし!みそ屋になるぞ!」というよりは、「みそ屋のピンチだから帰らねば」という意識だった気がします。実家は、150年間ずっと同じ場所でみそ屋を営んでいます。甲府空襲で焼け野原になっても一から立て直し、また商売を始めたそうです。
零細企業ですが、1世紀を越えて変わらずに事業をしていること、少なくとも地元の人に大事にされ、伝統が続いてきたことに純粋に感動し、東京から山梨に戻って家業を継ぎました。家業のピンチを救いたいと思う気持ちは、商売屋の娘ならではなのかもしれません。

スーパーでもコンビニでも、みそを買うことはできますが、わざわざ私たちのようなみそ屋さんに来てくれるお客さんがいます。街の風景は変わってしまうけれど、変わらない味や文化もあります。街のみそ屋だからこそで、きることがきっとあると信じています。
かつて私が通っていた八百屋さんのように、“面倒くさい”みそ屋さんになりたいと思っているんです。
どんな“面倒くさい”みそ屋かって? 続きは次回お話ししましょう。
★★★
★自然由来のものと育む、すこやかな暮らしのヒント
★木の香りで癒され、美のエネルギーを蓄えよう
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五味洋子
山梨県甲府市出身。東京農業大学醸造科学科にて発酵学を学ぶ。卒業後、2009年ライフスタイル提案会社に就職。社員食堂の立ち上げや、新規事業部で商品企画を担当。2013年、味噌屋への帰郷を決意。みそ屋の六代目を務める実兄と発酵兄妹として手前みそ文化や、発酵文化を伝えるため日々奮闘中。
五味洋子の記事一覧
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